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2月の敗者「私の中学受験体験記」

2025年5月7日


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今回は私(塾長)の中学受験体験とそこから得たものについて紹介します。

私は愛知県名古屋市出身でしたが、父の転勤に伴い、小5から東京に引っ越すことになりました。


これが大きな転機となりました。

当時は「受験戦争」なんて言葉もあり、クラスの3分の1くらいが中学受験をしていました。

私も自らの意思で親にお願いし、当時中学受験最大手だった進学塾に通うようになりました。


1人で電車を2本乗り継いで週5日の通塾(まるでサラリーマン)。

そして毎週のテストで、クラス分けがあり、クラス内での座席は前から点数順となります。

クラス名は上から順に「栄冠1組」「栄冠2組」「練成1組」「練成2組」「練成…」と続きました。


私はというと「練成1組」から始まり、途中から「栄冠1組」に上がりました。

勿論、席は後ろの方です。

同じクラスには、開成や桜蔭といった東大合格者多数の進学校に進む猛者もいました。


まさに一時話題になったドラマ『2月の勝者』そのものです。


夏期講習は1日10時間の授業が連日続き、後に親から聞いた話では、

夏期講習だけで、何十万!!という金額だったそうです。(感謝しています)


その甲斐あってか、10月以降、偏差値や判定も上がってきました。

クラスの席もたまに最前列や2列目へ。


そして決戦の時、2月1日、そして2月3日(本命)

結果はタイトル通り、「両方不合格」

そんなに甘くありませんでした。

人生はじめての挫折でした。


その後大人になる過程で様々な経験を経て、塾講師になってからは、多くの受験生を客観的にみることで、

改めて「当時の自分は甘かった」と理解できるようになりました。


周囲が小3小4から始めている中、やり始めたのも、本気になるのも遅く、取り組みにも甘さがありました。

でも当時の私は、それが分からなかったんですよね。


中学高校も同じくらい勉強…とはいかず、部活に打ち込んだり、反動からか、羽目を外して遊んだりと青春を存分過ぎるほど謳歌して…まあ、それはそれで楽しく過ごせて良かったのですが。(まさか塾の先生になるとは思わなかったので、もっと勉強しておけば…と後悔することはあります)


ただ、勉強に関しては、小6の時が人生で一番夢中になってやりました。



だから、高校受験・大学受験よりも、中学受験の方がはるかに印象に残っています。


単に難しいことを学習したというだけでなく、不合格という挫折を経験することで、


「上には上がいる」

「自分が特別なんてことはない」

「人生そんなに甘くない」


そんなことを幼いうちに学べたことは、その後、部活や仕事に取り組む姿勢にも影響を与え、

私にとって大きな財産となりました。


中学受験を振り返ると、勉強している時は苦しくて、大変で、結果は不合格だったのに、

今となっては、良い思い出しかありません。


今でも夏の夜7時前の明るい夕焼けを見ると、当時の「達成感に満ちた」夏期講習の帰り道を思い出します。


夢中になって取り組んだ経験は、結果の良し悪しを超えて、後の人生観や価値観の形成にも役立ちます。


それは、何も勉強だけでなく、部活でも良いし、もっと他のことでも何でも良いです。

何事も一生懸命、熱量をかけて取り組むことが大事なんじゃないかなと思います。


ところで、「塾長が過去に不合格を経験した」などと自ら恥をさらしてしまいましたが、

こんな不合格を経験した先生の指導を受けるなんて心配ですか?


大丈夫です。


例えが正しいか分かりませんが、

世界最速の男 ボルトにもコーチはいます。

指導者が選手よりも速い必要はありません。(と自分に言い聞かせています)


勿論、そんな言い訳だけでなく、私も自身の反省を生かし、結果を出す努力をしています。


私は、才能型の人間ではありませんが、


「人一倍の情熱」

「事前準備」

「人より多く仕事をする」


ことで、それをカバーし、毎年結果を出していますので、ご安心ください。

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